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GAKUTEN

Author:GAKUTEN
●艦これをきっかけに艦船プラモデルに戻ってきたいわゆる出戻り提督モデラーです。
 ・・プラモを始めたのは15年の年末ごろ。艦これは2か月程先行。
 ・・しかし、以前はウオーターラインシリーズを集めきっていたくらい艦船好き。
 ・・当時は戦車、飛行機、ガンプラと幅広く手掛けていたらしい記憶がわずかに。
●船だけが今復活したのは、その後も船はなぜか好きだったから。フォローはしていた。
 ・・現用艦もいけますが、太平洋戦争の船が特に好き!
●プラモデルの他に動物(主に猫)、読書、テニスが好きです。
●プラモデルの作成方針は、それぞれの船の特徴をピックアップし、自分なりのこだわりを持ちながらもスピードを意識した組み立てです。
●基本、週末の建造ですが忙しい時期には遅れがちなことも・・・
●提督モデラーの方々や最近始めた方の参考に少しでもなれば幸いです。
●艦船に歴史あり、感動的な話もあります。歴史的な話も含めて主観に基づいて書いていきます。
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2017/06/17 (Sat) 12:00
We take them ! 戦艦大和、沖縄水上決戦!

We take them ! 戦艦大和、沖縄水上決戦!



yamato gazou


以前、戦艦大和には太平洋戦争中に5回程、水上戦の可能性があったのではという話をしました。

戦艦大和幻の出撃戦(第三次ソロモン海戦)

最期の水上決戦の機会は、昭和20年4月7日第一遊撃部隊すなわち戦艦大和及び軽巡矢矧率いる第二水雷戦隊の沖縄水上特攻の際にありました。

戦艦大和率いる第一遊撃部隊が呉港を出発したのを日本近海に展開している米潜水艦17隻の1隻が発見しました。

アメリカ第五艦隊司令長官スプールアンス大将の手元には戦艦大和を仕留めるのに2枚のカードがありました。
●ひとつは空母機動部隊の第58任務部隊(TF58)
●もう一つは上陸支援の為の(旧式)戦艦部隊の第54任務部隊(TF54)です。

ご存知の通り、戦艦大和はミッチャー中将率いるTF58の航空機部隊によって沈められた訳ですが、ここでは別のことが起こったと仮定してみましょう。
(尚、手元のわずかな資料と記憶に頼った記述なのと、あくまでも専門家でない考証大雑把な、お遊びで読み飛ばすくらいのお話です)

原因となる状況はいくつか考えられます。

吉田俊雄氏の著「特攻戦艦大和」にもありますが、戦艦大和の率いる第一遊撃部隊は出発時間、航路まで決められていました。
敵飛行機が跋扈する中、白昼堂々と海路を進むことになっていました。
(狙ってくれって言ってるようなものなの!Byイク談)

囮部隊の様に使われた戦艦大和率いる第一遊撃部隊ですが、沖縄が天候不順になる時期を狙い出発を後らせ、(潜水艦の雷撃が怖いですが)航空攻撃が行えない夜間航行を中心に沖縄近海まで迫る行動を取ればあるいは沖縄近海まで近づくことが出来たかもしれません。

事実、翌日の4月8日から沖縄近海は時化だったといいます。

天候不順で航空機が使えないと判断したスプールアンス大将はミッチャー中将に対し「We take them!」と返事をしたとしましょう!
しかも、戦艦部隊で大和を仕留められなかった場合は天候回復を待って機動部隊でとどめを刺すはずです。

※史実ではミッチャー中将が完全に準備を終えて、スプールアンスにどちらがやりますか?と問います。
スプールアンス大将はもっとも短い命令文と言われる「You take them!」と返事をします。


それでは沖縄沖海戦開始です!


そこで、氏の話の通り、夜間を中心に航行しかも、沖縄近海の天候の悪くなる翌日4月8日に出発したと仮定しましょう。

ちなみにざっと見ると、鹿児島~沖縄間は約650km、25ノット(約46km/h)直線で航行すると14時間で沖縄本島まで着けます。

現在の時刻になりますが、鹿児島市の4月8日の日の入りが1842。沖縄那覇市の日の出が0613で約12時間。
確かにうまくすれば、かなり沖縄に近づくことができそうです。(実際には対潜航行の為の之字運動(ジグザグ航行)などもしなければいけないので相当遅れると思いますが・・・)

沖縄周辺地図m


<第54任務部隊>

第54任務部隊は戦艦10隻、重巡洋艦9隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦25隻、護衛駆逐艦8隻の大部隊です。
しかし、その役割は沖縄上陸を支援するための艦隊で艦砲射撃を主な任務にしていました。

スプールアンス大将は実際に当初、TF54に大和の迎撃をさせるつもりでした。
これは沖縄戦で必要なTF58を残し、艦砲射撃の手があいたTF54を有効に使う為の合理的な判断でした。

しかし、東郷平八郎を尊敬するスプールアンス大将です。
よく言われる様なシーマンシップという要素もあった様な気は個人的にはしています。

この内、戦艦6隻、重巡洋艦7隻、駆逐艦21隻を第一遊撃部隊迎撃部隊に当たらせました!
選抜された6隻の戦艦の乗組員は大歓声を上げたらしいです。

戦艦6隻の内訳です。

●ニューメキシコ級戦艦
35.6cm三連装砲(50口径)×4基、21ノット

1番艦 「戦艦ニューメキシコ」
3番艦 「戦艦アイダホ」

●テネシー級
35.6cm三連装砲(50口径)×4基、21ノット

1番艦「戦艦テネシー」

戦艦テネシー

●コロラド級戦艦
40.6cm連装砲(45口径)×4基、21ノット

1番艦「戦艦コロラド」

戦艦コロラド

2番艦「戦艦メリーランド」

4番艦「戦艦ウェストバージニア」

戦艦ウエストバージニア

旧式戦艦と言われますが、このコロラド級の三隻(3番艦ワシントンはワシントン軍縮条約で廃艦)は、日本の戦艦長門、陸奥、イギリスの戦艦ネルソン、ロドネイで世界でたった7隻のみ40cm砲を装備する「世界のビッグ7」と言われていました。

又、テネシー級2隻、コロラド級3隻はアメリカの強力な戦艦5隻ということで「ビッグ5」と呼ばれていました。

これらの多くは真珠湾で沈んだ戦艦です。
しかし、特に戦艦テネシーや戦艦ウェストバージニアは大改装を行い、防御力、設備等を最新のものに置き換え強力な戦艦となって復活しています。

特筆すべきは射撃管制レーダーで他の改装艦がMk3のままに対し、Mk8と最新式のものを装備し、Mk8搭載艦はスリガオ海峡夜戦に対しては有効な砲撃を行ったと言われています。

(※アメリカはコロラド級以後もサウスダコタ級、アイオワ級と次々に完成させています。
航空戦力のみではなく、戦艦の戦力を比較してもアメリカとの国力の差は隔絶したものでした)

<第一遊撃部隊抜描!>

佐世保を出発した戦艦大和率いる第一遊撃部隊は一旦、米潜水艦に発見されるものの、駆逐艦の牽制により、見失った。
再び、発見されたのは8日の日の出前 0330だった。

モートン・デヨ少将率いるTF54は沖縄沖で第一遊撃部隊を待ち受けていた!
デヨ少将の乗艦は、予てから常用している戦艦テネシー。

デヨ少将は、戦艦を中心とする水上打撃部隊(一部の重巡と駆逐艦も配属)と、重巡と駆逐艦で構成する遊撃部隊に分けていた。
水上打撃部隊で頭を押さえ、T字有利を構成しつつ、遊撃部隊で撹乱、最終的には魚雷でとどめを刺す公算だった。

<発見>

天候不順の為、アメリカのレーダーが発見したのが、距離2万m。

やはり、発見したのは米海軍でも優れたレーダーMk8を装備する、戦艦テネシーとウエストバージニアだった。

わずかに遅れる形で戦艦大和においてもレーダーが捉えた!そして砲撃準備開始

IMG_20170616_212046.jpg

距離2万だと、35.6cm砲でも有効射撃距離になる。
両者ともに砲撃を開始するも、悪天候の中、レーダー射撃も精度は出ず、当初はお互いに有効な打撃はなかった。

しかし、大和の第5斉射は、戦艦メリーランドを直撃し、装甲をぶち破って爆発。大破炎上した!
集中防御方式を採用しており、優れた防御能力の高いコロラド級戦艦であったが、真珠湾で被害が比較的軽微だったことが災いし、テネシーやウエストバージニアほどの大改装をしていなかったことがアダになった。

又、大和の46cm砲は、長門やコロラド級の40cm砲の1.6倍の威力を持つ。
その破壊力は彼らの予想を上回った。
(大和の46cm砲は帝国海軍の諸提督にさえ機密で40cm砲と伝えられていた。)

大和沖縄戦被砲撃

戦艦メリーランドは傾斜、火災はひどくコントロール不能の様に見えた。
しかし、残る戦艦5隻の主砲の砲門数は合計60門、それに対する大和の主砲砲門数は9門と多勢に無勢で次第に米戦艦の夾叉が増えてきた!

そして、艦後部甲板についに直撃弾、被害はそれほど重大ではなかったが火災が発生!


大和中破!?g

そして、第一副砲横に二番目の直撃弾を喰らった。
副砲は稼働を停止し、弾薬室には誘爆を避ける為に注水を行ったのだった。

ここに至って、TF54の遊撃部隊も側面から接近、軽巡矢矧率いる第二水雷戦隊は、第41駆逐隊の冬月、涼月を残して、「我突入セントス」と第17駆逐隊、浜風、雪風及び第21駆逐隊、朝霜、霞、初霜を引き連れて米重巡遊撃部隊の迎撃に向かった。
(以後の連絡を取れず)

<戦艦大和大破炎上す>

大和炎上

その後はお互いの距離が1万m強となる。そして、有効な直撃弾を雨あられの様に浴びた。
戦艦大和の重装甲はそれでもバイタルエリアの保持が出来ていたが、電力の供給は部分的に遮断され、有効な砲撃は次第にできなくなった。

そして、最後は力尽き、速度が低下した後、米駆逐艦部隊により、左舷に魚雷10数発を叩きこまれ、転覆。沖縄沖に没した。

<戦いの後>

第二水雷戦隊は、駆逐艦初霜、冬月、涼月が満身創痍の状態ながら生き残りました。特に涼月は佐世保のドッグにたどり着きドッグ内で着底するくらいひどい有り様だった。
駆逐艦雪風はこの時もほぼ無傷で生還。その奇跡の幸運ぶりを発揮しました。

米艦隊は戦艦メリーランドが大破炎上の上、自沈処分。
第二水雷戦隊は重巡1隻、駆逐艦2隻を沈没せしめたとの報告だった。(実際には駆逐艦1隻)



もし米第54任務部隊との水上決戦がかなっても結果的には戦艦大和は沖縄にたどり着けなかったことでしょう。

しかし、ビスマルク追撃戦に比する水上戦、そして日本帝国連合艦隊の最後として後の世に残すことが出来たかも知れません。

<終わり>


ちなみに先ほどの写真は フジミ製 「艦next 戦艦大和」を水上仕様に作成し、100円ショップで購入した綿や小麦粉で簡単に装飾、光っている部分は釣りで使うLEDを仕込んだものです。

結構時間もかからずに作ることができます。(普段は。今回は多少凝ったので2時間くらいかかりました)
 ↓
艦NEXT 戦艦大和建造の記録

つたない文章をここまで読んでいただいた方がいましたら、ありがとうございました!


<P.S>

ツイッターのフォロワーの方々がもしみていたら、昨日は、ツイッター上での艦これの大型艦建造の応援ありがとうございました!

6月17日今朝の時点で計70通以上の応援とリプいただきました!
重ねて感謝いたします(^^♪。

こんな楽しい大型艦建造はありませんでした。
うちの大和もこんなに祝福をもらって幸せ者ですな。

しかし、大型艦建造宣言をして、8時間の建造時間が表示され、しかも大和が当たると言う劇的な幕引きでした。

その興奮のまま、この様なお話を一気に書き上げてしまいました。

ビジネス文章しか普段書かない私が(それも最近はさぼり気味)今朝の2-3時間ほどで一気に書き上げたので相当な駄文だと思いますが、単なる趣味文としてご容赦を。

何のこっちゃと思われる方は、ツイッターに乗せた写真をブログで有効利用したかったものとご理解下さい!

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