ミニ大和に見えるかも。軽巡大淀建造日誌4日目
先週末から今週の頭にかけて、歓送迎会が連ちゃんでプラモ製作の時間もなければブログ更新の時間もなかなか取れない状況だったりします。
それでも少しずつ進めています。
今回は新春にあった晴着コスの大淀さんです。

前回までの建造日誌はこちら
↓
軽巡大淀建造日誌
アオシマの「軽巡大淀1944」にフジミの軽巡大淀のエッチングパーツを組み込んでいるところなのですが
特にクレーンやマスト、カタパルトは精巧なエッチングパーツで非常にいいものです。

クレーンの柱を利用してエッチングパーツのクレーンを組み込みます。
ざっと使えるパーツを一通り組み立てました。

(例によって煙突のジャッキステーは大きいものを除いてサイズが合わないので省略です。)
この他に、階段などありますが、手摺は長さが合わないものが多く汎用パーツを素直に使った方がよさそうです。
大淀さんの艦尾旗竿は特徴的な形状をしています。
どうして、この様な形状だったのかは知識不足で分かりません。
(どなたかご存知だったら教えてください)
この部分もエッチングパーツを付けてくれたらいいんですけどね。
ないので自作です。

縦棒は0.3mm真鍮線、横棒は0.2mm真鍮線で作っていましたが最上段は伸ばしランナーで作っています。
ピンセットの先の方が太いくらいで細かい作業でした。
ここから、船体は
・甲板のリノリウム塗装をし
・リノリウム抑えはいつもの様にフリーハンドでゴールドを筆入れし(手を震わせながら・・・)
・リノリウム甲板のマスキングをして
・船体はMrカラー軍艦色(2)で塗装しました。
軽巡大淀は呉海軍工廠の生まれです。
最後の地も呉沖の江田島市の大柿付近だったと記憶しています。
呉周辺の主な艦船の眠る場所
↓
歴戦の名艦の眠る場所そして青葉は何を思う
呉海軍工廠色で塗装したい気持ちもあったのですが、今回のモデルの軽巡大淀1944年と言えばレイテ沖海戦
のエンガノ岬沖海戦に参加した時です。
ここへは母港である横須賀港から出発しました。
なのでやはり素直に横須賀海軍工廠色である軍艦色(2)で塗装しました。
そして、大まかな艦上構造物を取り付けて行きました。
主砲である15.5cm三連装砲塔も取り付けるとざっとこんな感じです。
軽巡大淀 前からです

軽巡大淀って何だか「ミニ大和」に見えたりしませんか?
三連装砲塔の主砲だったり、艦橋の形状も小さいながらも非常に近代的な形状でこれまでの軽巡が箱型だったり
していたのと一線を画します。
艦橋の頭部には21号電探と22号電探もついていて、その辺もミニ大和感を出していると思います。
戦艦大和のイメージを再び起こすのにはこの大和博物館の記録をご覧ください!
↓
大和ミュージアムを細かく案内
ちょっと違うけど(っていっても基本、球磨型軽巡の5500t型なので)
重雷装巡洋艦北上さん建造日誌
↓
片舷20門、2艦で40門の魚雷発射!
軽巡の系譜は次の機会に譲るとしますが、軽巡洋艦の建造って5500t型の軽巡那珂ちゃんが1926年竣工で
最新鋭軽巡阿賀野が1942年、軽巡大淀が1943年と実に16年もの間の建造ブランクがあったんですね。
大きく変わるはずです。
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特にクレーンやマスト、カタパルトは精巧なエッチングパーツで非常にいいものです。

クレーンの柱を利用してエッチングパーツのクレーンを組み込みます。
ざっと使えるパーツを一通り組み立てました。

(例によって煙突のジャッキステーは大きいものを除いてサイズが合わないので省略です。)
この他に、階段などありますが、手摺は長さが合わないものが多く汎用パーツを素直に使った方がよさそうです。
大淀さんの艦尾旗竿は特徴的な形状をしています。
どうして、この様な形状だったのかは知識不足で分かりません。
(どなたかご存知だったら教えてください)
この部分もエッチングパーツを付けてくれたらいいんですけどね。
ないので自作です。

縦棒は0.3mm真鍮線、横棒は0.2mm真鍮線で作っていましたが最上段は伸ばしランナーで作っています。
ピンセットの先の方が太いくらいで細かい作業でした。
ここから、船体は
・甲板のリノリウム塗装をし
・リノリウム抑えはいつもの様にフリーハンドでゴールドを筆入れし(手を震わせながら・・・)
・リノリウム甲板のマスキングをして
・船体はMrカラー軍艦色(2)で塗装しました。
軽巡大淀は呉海軍工廠の生まれです。
最後の地も呉沖の江田島市の大柿付近だったと記憶しています。
呉周辺の主な艦船の眠る場所
↓
歴戦の名艦の眠る場所そして青葉は何を思う
呉海軍工廠色で塗装したい気持ちもあったのですが、今回のモデルの軽巡大淀1944年と言えばレイテ沖海戦
のエンガノ岬沖海戦に参加した時です。
ここへは母港である横須賀港から出発しました。
なのでやはり素直に横須賀海軍工廠色である軍艦色(2)で塗装しました。
そして、大まかな艦上構造物を取り付けて行きました。
主砲である15.5cm三連装砲塔も取り付けるとざっとこんな感じです。
軽巡大淀 前からです

軽巡大淀って何だか「ミニ大和」に見えたりしませんか?
三連装砲塔の主砲だったり、艦橋の形状も小さいながらも非常に近代的な形状でこれまでの軽巡が箱型だったり
していたのと一線を画します。
艦橋の頭部には21号電探と22号電探もついていて、その辺もミニ大和感を出していると思います。
戦艦大和のイメージを再び起こすのにはこの大和博物館の記録をご覧ください!
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大和ミュージアムを細かく案内
ちょっと違うけど(っていっても基本、球磨型軽巡の5500t型なので)
重雷装巡洋艦北上さん建造日誌
↓
片舷20門、2艦で40門の魚雷発射!
軽巡の系譜は次の機会に譲るとしますが、軽巡洋艦の建造って5500t型の軽巡那珂ちゃんが1926年竣工で
最新鋭軽巡阿賀野が1942年、軽巡大淀が1943年と実に16年もの間の建造ブランクがあったんですね。
大きく変わるはずです。
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