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GAKUTEN

Author:GAKUTEN
●艦これをきっかけに艦船プラモデルに戻ってきたいわゆる出戻り提督モデラーです。
 ・・プラモを始めたのは15年の年末ごろ。艦これは2か月程先行。
 ・・しかし、以前はウオーターラインシリーズを集めきっていたくらい艦船好き。
 ・・当時は戦車、飛行機、ガンプラと幅広く手掛けていたらしい記憶がわずかに。
●船だけが今復活したのは、その後も船はなぜか好きだったから。フォローはしていた。
 ・・現用艦もいけますが、太平洋戦争の船が特に好き!
●プラモデルの他に動物(主に猫)、読書、テニスが好きです。
●プラモデルの作成方針は、それぞれの船の特徴をピックアップし、自分なりのこだわりを持ちながらもスピードを意識した組み立てです。
●基本、週末の建造ですが忙しい時期には遅れがちなことも・・・
●提督モデラーの方々や最近始めた方の参考に少しでもなれば幸いです。
●艦船に歴史あり、感動的な話もあります。歴史的な話も含めて主観に基づいて書いていきます。
●コメント大歓迎。気軽にお願いします。

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2017/03/11 (Sat) 12:00
歴戦の名艦たちの最後の地(呉港周辺)そして重巡青葉は何を思ったのだろう・・・

歴戦の名艦たちの最後の地(呉港周辺)そして重巡青葉は何を思う

何週間かに渡って、記事にしてきた呉周辺の関連施設なのですが、一つの締めくくりとして呉港周辺の名艦の最後の地を
地図上で訪問したいと思います。


呉クルーズ案内
 ↓
呉艦船巡り案内

大和ミュージアム案内
 ↓
大和ミュージアム詳細案内


てつのくじら館案内
 ↓
てつのくじら館案内

大和ミュージアム周辺施設案内(お土産屋、呉カレー店)
 ↓
呉港周辺のお店案内

話題を呼んだ映画 「この世界の片隅に」にも呉大空襲の様子が描かれていましたが、昭和20年(1945年)3月19日、7月24日、7月28日と空襲を受けました。

もはや大型艦は燃料もないため動けず、電源を陸上から引くしまつ。
呉港のあちらこちらで投錨して浮き砲台になっていました。

戦艦長門も煙突をとっぱられていました。

大破着底時の写真です。

こちらは大和ミュージアムに展示してある戦艦伊勢のもので2m近い大きなパネルになっています!


伊勢大破着底

主砲が上を向いた状態で大破着底しており、最後まで抵抗をつづけたんですね!

こちらは空母天城の大破転覆時の写真です。

天城大破着底

モデルアート社の「帝国海軍航空母艦総ざらい」から抜粋しています。

良く見る写真ですが、痛々しい様子の写真です。
もっとも有名な写真が転覆時の写真とは不憫です。

完成したのは良いが、既に載せる飛行機も動く燃料もありませんでした。
とても無念だったに違いありません。

この他にも呉港周辺には様々な名艦がその最後に大破着底した場所があります。

戦艦榛名、戦艦伊勢、戦艦日向、空母天城、重巡青葉、重巡利根、軽巡大淀、重雷装巡洋艦北上、装甲巡洋艦出雲、潜水艦伊404、伊205、伊206、そして、未成艦空母阿蘇etc

呉港大破着底地図m

その沈没した場所の多くには慰霊碑が建っています。

重雷装巡洋艦北上と未成艦空母阿蘇は少し離れた場所に投錨していました。
(雲龍型空母5番艦の空母阿蘇は特攻兵器の標的艦として、既に破損している状態で、浮かんでいるだけの状態でした。完成率は60%未満です。)

北上被弾場所m

北上さんは大破していましたが、動力は生きていたので戦後改修され、復員船として使われました。

最後にネット上に、とても感動したイラストがありましたので載せさせていただきました。

sachisfactoryさんのイラスト

sachisfactoryさんのニコニコ静画に投稿されているイラストです。

重巡青葉

色々な失敗もした船です。
サボ島沖海戦では、重巡青葉の不注意な発信「我レアオバ」で米軍の猛攻撃を一身に受け大破。

途中、旗艦である重巡青葉を身を呈して庇った重巡古鷹は猛攻を受け沈んでしまいました。
(T_T)

折角復帰したら、潜水艦の雷撃を受け、また修理など不運なことも多くありましたが、それでも終戦まで何とか生き残りました。

艦尾は引きちぎれ、艦首を上にして大破着底の状態でした。

その重巡青葉(の船魂である艦娘)が、広島のきのこ雲、そして終戦後の青空をどの様に見ていたかを一枚のイラストで描いてあり、とても感動しました!。゚(゚´Д`゚)゚。

全てが終わったという安堵とこれからの希望もあったのかも知れません。

取材をするなら、平和な世の中でしたいはずですし。

蛇足ながら、重巡青葉の最後の姿の写真です。

Japanese_cruiser_Aoba_1946.jpg(Wikipediaより抜粋)

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今日は3.11、東日本大震災の日になります。
ご冥福をお祈りいたします。

tag : 大破着底,呉港,,艦娘,重巡青葉,巡洋戦艦榛名,航空戦艦伊勢,航空戦艦日向,軽巡大淀,空母天城,

2016/11/26 (Sat) 12:00
ダンピール海峡の悲劇、米軍が採った新爆撃法とは?そして友情

ダンピール海峡の悲劇、米軍の採った新爆撃法とは?

本日、11月26日は「艦これ劇場版」の上映開始日ですね。
映画の成功をお祈りしています。

この映画ではアイアンボトムサウンドが舞台になると思われますが、

アイアンボトムサウンドにおける第一次ソロモン海戦での重巡鳥海の活躍はこちらで紹介
  ↓
第一次ソロモン海戦での鳥海の活躍

ビスマルク海からソロモン海に入る手前にパプアニューギニアとニューブリテン島に挟まれたダンピール海峡という場所があります。

地図
ダンピール海峡地図

ここでダンピール海峡の悲劇と呼ばれる戦いの記録があります。

時期的には昭和18年(1943年)3月2日から3日にかけてで、第三次ソロモン海戦、ケ号作戦を経た後になります。

背景

すでにガダルカナル島は失われ、昭和17年末に行われた陸軍南海支隊による陸路からのポートモレスビー攻略作戦とオーエンスタンレー山脈を越えての侵攻作戦は補給作戦のずさんさから大失敗に終わりました。

敗走した南海支隊も玉砕。東部ニューギニアを防衛する上でラエへの増援輸送が急務になりました。

「八十一号作戦」と呼ばれるこの作戦には、陸軍第五十一師団五個大隊6912名、物件2500t、これに海軍第二十三防空隊240名を含む400名を陸軍の輸送船7隻と海軍の運送船「野島」に分譲、これを駆逐艦八隻が護衛に当たりました。

参加駆逐艦は

「荒潮」「朝雲」「時津風」「白雪」「浦波」「雪風」「朝潮」「敷浪」です。

この内、「時津風」には上陸指揮官の安達中将が乗艦し、

三水戦旗艦「白雪」には木村少将が

白雪小

「雪風」には中野師団長が乗艦しました。

ゆきんこ小

雪風右前洋上
雪風建造日誌はこちらです。当ブログでは島風建造日誌、飛鷹建造日誌に次ぐ、人気記事です。
  ↓
雪風と天津風建造日誌

船団航行速度は輸送船団の為遅く、わずか9ノット。超ノロノロ運転です。

三月二日の朝、まずはB17、B24、P38、計40機が上空に現れ、直衛の零戦33機と空中戦闘に入りました。

この爆撃で、旭盛丸が被弾沈没、陸兵1500名の内、918名が「朝雲」「雪風」に収容された為、甲板は満員になりました。

この日「朝雲」と「雪風」は揚陸作戦を指揮するために、一足先にラエに向かい再び護衛に就くために引き返しています。
(それくらい船団の速度は遅いのですね)

そして、運命の3月3日午前7時50分頃。ラエまであと100マイルの距離。

ポートモレスビーを発進した米第五空軍の大編隊がこの船団に襲い掛かりました。

高度三千メートルにB17が約20機、これにP38が約50機護衛についており、これを軽空母 瑞鳳の零戦41機が迎撃している間に低空で侵入してきた70機以上の米中型爆撃機A20、B25が低空で侵入し爆撃を行いました。

米軍が採用した新爆撃法とは

「敵機は海面に爆弾を落としてゆきます!」見張り員の報告です。

ここで、米軍はスキップボミングという新しい爆撃法を採用しました。

海面すれすれの低空(高度30メートルくらい)で500ポンド(250kg)を投下します。
爆弾は目標の手前、10メートルくらいで水平に海面を打ち、ちょうど石で水切りを行う様にジャンプして輸送船の艦腹に命中、爆発するのです。

米軍はここダンピール海峡で初めてこの爆撃法を採用しましたが、のちに日本軍はレイテ沖海戦の前に採用して戦果を挙げています。(時既に遅しですが)

この攻撃で陸軍の輸送船は全滅しました!

駆逐艦も「白雪」「荒潮」はスキップボミングを受け、船体断裂の上沈没。

荒潮

そして「雪風」の妹「時津風」もスキップボミングで航行不能になり、漂流しのち米軍により沈没されました。
(乗員は先に雪風に収容)

時津風小


そして駆逐艦 朝潮のとった行動とは

海軍の輸送船「野島」も沈没。

どうしようもない状況の中、救助中止、撤退命令がでました。

輸送船多数が燃え盛る中で、しかし、「朝潮」は単艦「野島」の乗員の救助に向かいます。

朝潮


というのも、出撃前、「野島」艦長松本大佐と「朝潮」座乗の第八駆逐隊佐藤大佐は一期違いの旧知の仲、

「足の遅い野島は米空軍の犠牲になるに違いない。骨だけは拾ってください」という約束に対して

佐藤大佐は「いや、私の朝潮が護衛する限り、けっして見殺しにはしない。きっと「野島」の乗員は拾いにいくぞ!」とかたく約束をしていました。

そして、一艦のみで救助に向かい「荒潮」と「野島」の乗員を救助し、駆逐艦4隻の後を追って北に向かいました。

>しかし、時すでに遅く、撤退する「朝潮」に米軍機40機が二回に渡り来襲!

「朝潮」は集中攻撃を浴び、数分で轟沈しました!

この時、「朝潮」艦長吉井中佐と「荒潮」艦長久保中佐は戦死、佐藤大佐は生き残っていましたが、「朝潮」と運命を共にしました。

佐藤大佐の壮烈な最後は魔のダンピール海峡の悲劇の中、清々しい感銘を海軍全員に与えました。
そして同大佐は功績抜群として、感状を与えられ二階級特進の上、中将進級せしめられました。

後日談

この後も陸軍はあくまでも輸送作戦の継続を主張!これに対し海軍は無理!と拒否。「第八十一作戦」は中止、惨敗に終わりました。
なお、この海戦に米軍はビスマルク海海戦となずけていますが、帝国海軍は海戦の名前を付けず秘匿しました。

そもそも制空権のない中、昼間強行突破に無理があり、三水戦参謀は全滅の恐れがあることを主張していました。
これに対し、第八艦隊主席参謀神大佐は「全滅覚悟でやっていただきたい」と強硬に主張し、実施しました。

この神大佐は大和の海上特攻の推進者の一人でもあり、殴り込み特攻の好きな方です。

「朝雲」艦長岩佐中佐は参謀本部に対し「こんな無謀な作戦をたてるということは、ひいては日本民族を滅亡させるようなものだ!よく考えてからやっていただきたい!」と怒鳴ったそうです。

艦娘朝雲

山雲左舷前
朝雲(山雲として建造)建造日誌はこちら
 ↓
山雲(朝雲)建造日誌

この様なずさんな計画が実施され、ただでさえ少ない資源や貴重な人材が無用に失われていった記録でもあります。

戦いの記録はこちらにも
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戦いの記録

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tag : 戦いの記録,ダンピール海峡,悲劇,,雪風,時津風,朝潮,朝雲,艦娘,スキップボミング,

2016/11/12 (Sat) 12:00
アイアンボトムサウンド(鉄底海峡)での死闘・第一次ソロモン海戦での重巡鳥海の活躍!

アイアンボトムサウンド(鉄底海峡)での死闘・第一次ソロモン海戦

11月26日から「艦これ劇場版」が公開されますが、舞台はアイアンボトムサウンドのようです。

艦これのアニメ版の最後がMI作戦すなわちミッドウェー海戦ですから、戦史的には次の戦いの舞台はガダルカナル付近になってきます。

「アイアンボトムサウンド」はソロモン諸島のサボ島、ガダルカナル島の北方、フロリダ諸島の南方に挟まれた地域ですが、そもそもソロモン諸島は日本から見て、ニューギニア島を更に超えた場所にある訳ですからかなり遠い場所ですね。

このアイアンボトムサウンドを舞台に様々な戦いがありました。
・第一次ソロモン海戦
・サボ島沖夜戦
・ヘンダーソン飛行場砲撃
・第三次ソロモン海戦
・ルンガ沖夜戦
etc
どうやら、「艦これ劇場版」のパンフやPVを見ると「第一次ソロモン海戦」と「サボ島沖夜戦」?あたりの話の様な気がします。

劇場版艦これパンフ表

この「サボ島沖夜戦」では、戦史においては「重巡洋艦 古鷹」と「駆逐艦 吹雪」が沈没します。なんとなく、PVでもパンフでもそんな示唆があります。艦これTV版のMI作戦時と同様に吹雪が戦史を変えるのでしょうか。

さて、本題の「第一次ソロモン海戦」の戦いの記録です。

日本海軍はMI作戦と並行してフィジー・ニューカレドニア諸島の攻略を目指すFS作戦を立案していました。ガダルカナル島に飛行場が完成すれば制空権をもってFS作戦の機動部隊展開が可能になってくるからです。
MI作戦が失敗し、FS作戦が中止になった後でもガダルカナル島の飛行場建設を進めていました。

それに対し、昭和17年夏米海軍はガダルカナル島への上陸作戦「ウオッチタワー」を計画します。

8月7日米軍は機動部隊の支援を受け、ガダルカナルに上陸。同島の日本軍は壊滅し、滑走路も米軍の手に落ちます。
同日、ラバウルに投錨していた第八艦隊三川中将は揚陸作業中の敵船団を撃滅すべく出撃を決定しました。

第八艦隊の主な戦力は下記の通り

・第八艦隊
 旗艦 重巡 鳥海さん
・第六戦隊
 重巡 青葉、古鷹、衣笠、加古
・第一八戦隊
 軽巡 天竜、夕張、駆逐艦 夕凪

これに対して、米軍はターナー少将率いる第62任務部隊の重巡6隻、駆逐艦3隻が船団護衛に当たっていました。

8日夜、第八艦隊はガダルカナル水道に突入。米艦隊は攻撃を予期しておらず完全な奇襲が成功しました。
始めは水上偵察機が敵艦隊上空に照明弾を投下します。

そこに浮かび上がったのは重巡キャンベラとシカゴと駆逐艦2隻。
そこで旗艦鳥海は魚雷を発射、魚雷2本が豪重巡キャンベラに命中し撃沈。
鳥海に続いて後続艦も砲雷撃を与えシカゴを大破。

重巡古鷹が舵の故障で戦列を離れ、軽巡天竜と夕張がこれに続きます。
夕凪も打ち漏らした駆逐艦を単独で追撃します。

次にサボ島北方に向かった鳥海以下4隻は敵重巡3隻、駆逐艦2隻を左舷に発見します。
一方、分離した古鷹はこれを右舷に発見、調度挟撃の形になります。

敵との距離5000m旗艦鳥海さんは同士討ちを避けるために探照灯を照射します。

鳥海さん劇場版探照灯3

そして、すかさず砲雷撃を集中し、重巡3隻(ヴィンセンス、アストリア、クインシー)に大打撃を与えました。
米軍の反撃は探照灯を点けていた鳥海さんに集中しましたが、その砲弾の一弾が海図室に命中、しかし大きな損害にはなりませんでした。

一方、先頭から2艦目にいた青葉さんは左舷魚雷発射管に機銃弾が命中、これが青白い炎を上げました。魚雷が誘爆したら爆沈です。必死の作業で何とか消化されました。

青葉映画小
<青葉さんも活躍したと思いますが、なんか青葉さんこんなのが多いんですよね。運がいいのか悪いのか>

この鳥海の海図室の破壊で第八艦隊の終結に2時間ほどかかってしまいました。
明け方になり敵の機動部隊の攻撃に合うのを恐れ、輸送船団の攻撃を断念し帰還しました。

結局、第八艦隊は、重巡4隻ヴィンセンス、クインシー、アストリア、キャンベラを沈め重巡シガゴを大破、駆逐艦パターソン、ラルフ・タルボットを中破しました。
しかし、第八艦隊もその帰途S44に雷撃を受け、加古さんに魚雷3本が命中、撃沈されました。この夜戦でどの船も疲労困憊で対潜警戒もされていなかったのが原因の様です。

戦術的には大勝利!鳥海さんも大活躍!

しかし、戦略的には当初の目的である敵輸送船団の破壊はなされず、敗北と言えます。
この戦いだけではなく、日本海軍は敵軍艦の撃滅に重視し、船団の撃滅を軽視することが多かったのです。
MI作戦でも、陸上攻撃が主なのか敵戦力の壊滅が主なのかの明確な目的の不明確さが敗北の一員と言えます。ここでも目的の不明確さという一面が出てしまいました。

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tag : 艦娘,艦これ,映画,劇場版,アイアンボトムサウンド,鉄底海峡,鳥海,青葉,第一次ソロモン海戦,戦いの記録,

2016/10/04 (Tue) 12:00
駆逐艦神風 VS 米潜水艦ホークビルとの壮絶な一騎打ち

駆逐艦神風と米潜水艦ホークビルとの一騎打ち

駆逐艦春風について完成報告をしたところで、しばらく話がそれていたのですが、春風姉妹の長女の神風には
壮絶な、米潜水艦との一騎打ちのエピソードがあるので紹介します。

神風ホロ

神風は神風型1番艦で神風2代目に当たります。峯風型の後継、睦月型の前型に当たり開戦当時は既に相当の老朽艦になっていました。ソロモン、ガダルカナル、ペナン島沖海戦などで奮戦していましたが、後半は輸送船の護衛が主な任務になっていました。
大戦の末期、1945年(昭和20年)7月 神風は特設掃海艇3隻とともに輸送船3隻を護衛してシンガポールを出発しました。
この時動ける駆逐艦は神風1隻になっていたので、米軍司令部はまず邪魔な護衛艦を排除すべく、輸送船団の護衛駆逐艦を襲撃せよという異例の命令を米潜水艦ホークビル(SS-366)にしていました。

ホークチェンクロ

ホークビルはマレー半島テンゴール岬沖合で待ち構えていました。
そして南から船団のマストが見えてきました。
一方、神風も電探で潜水艦を探知していました。

ホークビルは艦首発射管より6本の魚雷を扇型に発射、しかし、ソナー等により探知していた神風はこれを回避し、逆にホークビルの方に向かってきました。

潜水艦の航行速度では到底逃げ切れず急速に距離が迫りわずか700m。
迫ってきた神風に対して艦尾発射管から3本の魚雷を発射しました。3本は平行に進みその真ん中の1本が神風に向かっています。
しかし、その真ん中の1本は横波の影響で少し進路をずらします。
神風はすかさずその隙間に入り込みぎりぎりで魚雷を回避しました。1本は左舷わずか2-3mのところをかすめ、後の2本は右舷を過ぎ去っていきました。

ところで以前、雪風、天津風のコーナーで紹介した本「雪風ハ沈マズ」では
雪風が潮岬沖で米潜水艦に雷撃を受け、当初操艦ミスから魚雷に横合いになる面舵をとったものの魚雷に正対する方が回避できるということで、すぐに取舵を取り直し、正対することで魚雷を回避するいうエピソードがあります。
艦首に向かっている魚雷に対しては真っすぐに向かう方が造波理論によって艦首に盛り上がる艦首波と水の抵抗によって左右どちらかにそれるものだという記述があります。

雪風と天津風のエピソードはこちら
    ↓
雪風と天津風エピソード

神風の逆襲

神風はまだ浮上しているホークビルに対して40mm機関銃で銃撃。ホークビルも砲撃を覚悟しましたが、急速注水を行い艦尾から潜航し海底に着底します。
神風は馬乗りになり爆雷を投下します。水深は浅く、今度はホークビルが何度もやられるかという覚悟をしましたが、損傷はあったものの沈没につながる有効打撃がありませんでした。

神風は水面に浮かんできた木片などから撃沈確実と判断し、また唯一の船団護衛駆逐艦であることからその場を離れ船団護衛に復帰し、ホークビルは九死に一生を得ました。

復讐のホークビル

その後、ホークビルは4隻の潜水艦とともにウルフパック(狼群戦術)を用い、神風を護衛とした船団を7度襲撃します。
神風自身も4度、16本の魚雷攻撃を受けましたが全て回避しました。
神風は終戦まで生き延び、戦後は復員船として従事しますが、海防艦国後座礁の救出中自らも頓挫、放棄された後天寿を全うしました。

エピソード

戦後、ホークビル(の艦長スキャンランド)は神風(当時艦長春日さん)に対し「最も熟練した駆逐艦艦長」と賛辞を送り、技術的な内容についての手紙のやり取りを行ったそうです。あの時沈めなくて良かった・・・春日元艦長の言葉です。

神風さん小

「旧式ですって!駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ!」
ってセリフよく分かります。はい。

こう見ると神風も一層凛々しく見えますね


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2016/09/28 (Wed) 07:10
雪風と天津風 トラック泊地での休息、そしてその後

トラック泊地での雪風天津風の束の間の休息と銘打ちました。

「第十六駆逐隊」

大戦開始時から雪風は姉妹の陽炎型四隻で第十六駆逐隊に所属しました。
第十六駆逐隊第一小隊が雪風と二つ下の妹の時津風、第二小隊が天津風と初風という構成です。
開戦時より緒戦を戦い抜いた「第十六駆逐隊」は南太平洋海戦で第3艦隊に所属しました。この海戦で帝国海軍は空母ホーネットと駆逐艦ポーターを撃沈し、空母エンタープライズ、戦艦サウスダコタ、軽巡サンジュアンの3隻を中破するという大戦果を挙げ、一時的に活動できる米空母が太平洋にいないという状況を作り出しましたが、帝国海軍は空母翔鶴、重巡筑摩が大破、軽空母瑞鳳が中破し、貴重なベテランパイロットを多く失う事態になりました。
第十六駆逐隊の雪風天津風の他の姉妹たちは損傷艦の内地への帰還に伴い護衛任務に立ったためトラック泊地にはこの両艦だけが残りました。という風景です。
雪風天津風並走

「第三次ソロモン海戦」

その後、この2艦は第三次ソロモン海戦に出撃します。その第一夜戦は大変な乱戦でした。
雪風天津風手前並走
第三次ソロモン海戦で戦艦比叡は沈み、天津風も大破しました。
天津風も修理の為に内地に引き返します。

「そして天津風さえも・・・」

ソロモン海戦後、雪風はしばらく姉妹と離れて任務に就き、再び天津風に合うときには、妹の時津風をビスマルク海海戦(ダンピールの悲劇)で失い、ブーゲンビル島沖海戦で姉の初風を失っていたのでした。2隻だけになった第十六駆逐隊は空母千歳と海上護衛総隊に臨時編入され海上護衛任務に就きます。
そしてヒ31船団護衛中に米潜水艦レッドフィンによる雷撃で天津風は船体断裂という悲劇にあいます。天津風は1週間ほど漂流した後、味方機に発見され曳航の上、サイゴンにたどり着きました。天津風は船体断裂後も艦首応急修理を行い、ほぼ半分の船体のまま護衛任務に就きます。何とか日本へ帰りたいと。しかし、たどり着くことはできず、空襲で損傷、座礁し自沈します。

「雪風ハ沈マズ」

その後、この両姉妹は再び会うことなく第十六駆逐隊も解隊、雪風は他の陽炎型姉妹艦で構成する第十七駆逐隊に編入し、その後も戦い抜き沖縄特攻では磯風、浜風、雪風の三隻になった第十七駆逐隊で参加し、この駆逐隊でいや陽炎型19隻の姉妹艦の中で唯一、雪風のみが生き残ります。雪風の強運は終戦まで尽きず、終戦後は復員船として活躍、そして中華民国艦隊旗艦として活躍し、天寿をまっとうしました。

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