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GAKUTEN

Author:GAKUTEN
●艦これをきっかけに艦船プラモデルに戻ってきたいわゆる出戻り提督モデラーです。
 ・・プラモを始めたのは15年の年末ごろ。艦これは2か月程先行。
 ・・しかし、以前はウオーターラインシリーズを集めきっていたくらい艦船好き。
 ・・当時は戦車、飛行機、ガンプラと幅広く手掛けていたらしい記憶がわずかに。
●船だけが今復活したのは、その後も船はなぜか好きだったから。フォローはしていた。
 ・・現用艦もいけますが、太平洋戦争の船が特に好き!
●プラモデルの他に動物(主に猫)、読書、テニスが好きです。
●プラモデルの作成方針は、それぞれの船の特徴をピックアップし、自分なりのこだわりを持ちながらもスピードを意識した組み立てです。
●基本、週末の建造ですが忙しい時期には遅れがちなことも・・・
●提督モデラーの方々や最近始めた方の参考に少しでもなれば幸いです。
●艦船に歴史あり、感動的な話もあります。歴史的な話も含めて主観に基づいて書いていきます。
●コメント大歓迎。気軽にお願いします。

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2017/04/08 (Sat) 12:00
艦娘で綴る水雷戦隊 編成まとめ 旗艦紹介と編成駆逐隊

艦娘で綴る水雷戦隊編成まとめ


先週、軽巡洋艦の系譜・型式等をまとめました。
 ↓
軽巡に降りかかった宿命とは・・軽巡型式等まとめ

軽巡洋艦と言えば、水雷戦隊!

艦これをしていても、艦娘がしばしば「第〇〇水雷戦隊旗艦!○○」という名乗りを挙げていますが、ここはひとつ水雷戦隊とそこに所属する駆逐隊の構成をまとめて見たいと思います。

開戦後は、戦いで艦が失われたり故障等でしばしば編成が変わりました。
なので、開戦時の編成表です。

     <水雷戦隊編成表>


水雷戦隊編成表(開戦時)

※青地は艦これの編成任務があるもの
※赤字は単にGAKUTENが好きな駆逐艦又は艦娘

表が見えるか心配だったのですが、何とか読めそうです。

それではそれぞれの水雷戦隊の旗艦の紹介です!



第一水雷戦隊旗艦 軽巡阿武隈です!


阿武隈!

長良型の末妹です。
軽巡阿武隈は、北上さんと衝突する事故があり、その時に一番砲塔より前を失うという大けがをしました。
その為に他の長良型がスプーン型艦首なのに対して、凌波性の良いダブルカーブ型になっています。

そんなことがあってか、前髪が気になるし、それをくしゃくしゃにする北上さんが苦手です。

「奇跡の脱出作戦」と呼ばれるキスカ島撤収作戦の時の第一水雷戦隊旗艦ですね!
木村少将のお手並みと判断力がものすごいものだと感じます!

軽巡阿武隈は開戦時から最後まで一水戦の旗艦を務めていたんですね。

軽巡阿武隈はレイテ沖海戦の際のスリガオ海峡にも第五艦隊の遊撃部隊として突入し、損傷。駆逐艦潮を伴って戦線を離脱。
ミンダナオ島で応急修理を受けて、コロン島に向けて出港した際にB24の空襲を受けてついに、ネグロス島沖に沈みました。
その時も潮が寄り添って乗組員の救助を行いました。

この第一水雷戦隊には、艦これでも人気の第六駆逐隊が所属しています。

第六駆逐隊m

表をご覧の通り、第一駆逐隊には特型以降の艦隊型の高性能駆逐艦が所属しています。

第六駆逐隊・・・暁型
第十七駆逐隊・・・陽炎型
第二十一駆逐隊・・・初春型
第二十七駆逐隊・・・改初春型と白露型混成

この様に、第一水雷戦隊だけでなく、第一から第三水雷戦隊所属の駆逐艦は特型駆逐艦以降の駆逐艦が所属しています。



第二水雷戦隊旗艦 軽巡神通!

お願いしますねm

花の二水戦です!

神通は、川内型2番艦。石炭と重油の混焼缶を持つ、4本煙突が特徴です。

旗艦軽巡神通は、コロンバンガラ島沖夜戦(言いにくい!)で、一人敵の砲撃を一身に受け、米駆逐艦1隻沈没、5隻大破の戦果を挙げ、目的の輸送任務も果たしました。

神通亡き後は、最新鋭軽巡能代姉が後を引き継ぎます。

昨日は、戦艦大和の没後72年目に当たりますが、その最後の作戦「菊水作戦」に付き添ったのは最後の二水戦旗艦の軽巡矢矧を始め、第二水雷戦隊のメンバーでした。

大和ミュージアムはここで詳しく紹介しています!
 ↓
大和ミュージアムを詳しく紹介!

第三水雷戦隊 ご存知 夜戦ばか  旗艦軽巡川内です!

やった~待ちに待った夜戦だーm


軽巡川内は名前の通り、川内型の長女です。

川内型の神通と那珂ちゃんは開戦前に92式61cm四連装魚雷発射管×2に換装されていますが、川内だけ8年式61cm連装発射管×4でした。

ブーゲンビル島沖海戦で沈みました。

レーダー射撃で先手を打たれ、軽巡川内ほか駆逐艦初風も沈没。
しかし、夜戦で戦った挙句の沈没は本懐を遂げたというとこなのでしょうか?

軽巡川内亡き後は、軽巡夕張が旗艦として後を引き継ぎます。

そしてマリアナ沖海戦後の最後の旗艦は軽巡名取です。

第四水雷戦隊 旗艦軽巡那珂ちゃん

那珂ちゃんm

艦隊のアイドル(自称)軽巡那珂ちゃんです!


二水戦とともに4水戦もスラバヤ沖海戦で活躍しました。

ガダルカナル撤退後の1943年7月に解隊しました。

軽巡那珂ちゃんは、トラック島空襲の際に、駆逐艦舞風他多数の艦艇とともに沈みました・・・



第五水雷戦隊旗艦 軽巡名取

名取改m

地味でおとなしい艦娘ですが、「艦これ」では軽巡改で攻撃力、雷撃力ともにトップタイです。
(え!そうだんたんだ!?)
主に遠征任務をさせてました。

開戦時には南方攻略を任務とした第三艦隊に所属しました。

南方攻略完了とともに1942年と比較的早くに解隊しました。

軽巡名取は米潜水艦の雷撃で沈没しています。




第六水雷戦隊旗艦 軽巡夕張です!

夕張劇場版小

ご存知、設計の神様、平賀譲氏の設計です。

5500tの兵装を3000tの小さな船体に詰め込むというコンセプトの艦。
しかし、小さい船体に多くの兵装を詰め込んだばかりに余裕のない設計になってしまいました。

第一次ソロモン海戦では第八艦隊旗艦 重巡鳥海や軽巡天竜とともに活躍しました。
 ↓
劇場艦艦これを史実を交えて解説!アイアンボトムサウンド

軽巡夕張についてはこちらで模型と共に詳しく書いています!
 ↓
軽巡夕張建造日誌

1942年7月 海上護衛隊に改編されました。

御覧の通り、5水戦と6水戦は、神風型と睦月型という旧式の駆逐艦で編成されていました。

これらの駆逐艦は船団護衛に回ることが多くなるのですが、皐月や春風といった船団護衛で力を発揮した船もいます。


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tag : 艦娘,艦これ,軽巡洋艦,水雷戦隊編成,駆逐隊,軽巡阿武隈,軽巡川内,軽巡夕張,軽巡神通,軽巡那珂,

2017/04/01 (Sat) 12:00
軽巡洋艦に降りかかった宿命とは・・・艦娘で綴る日本軽巡洋艦の系譜、形式、生年

軽巡洋艦に降りかかった宿命とは・・・艦娘で綴る日本軽巡洋艦の系譜、形式、生年


今日は4月1日、ついに新年度が始まりますね。

私の様に新年度になって部署も変わらずでいると、4月からの新年度もこれまでの続きといった感なのですが、実際には一緒に働くメンバーには大きく変わっていたり、やはり新年度はこれまでと違った何かがあります。

装いも新たに、気持ちも新たにいきたいと思います。

特に進学や就職など大きな変化のある方にとっては大きな変化があるでしょう。
まあ、力を入れすぎず、抜き過ぎず、中庸で頑張って行きましょう!

ところで、これまで何回かまとめてきた「艦娘で綴る艦の系譜シリーズ」(かってにシリーズを名乗ってます)ですが、今回は軽巡洋艦についてまとめます。

これまでのまとめ

艦娘で綴る戦艦の系譜はこちら
 ↓
艦娘で綴る戦艦の系譜と金剛型戦艦の生誕と眠る(沈んだ)場所

艦娘で綴る重巡洋艦の系譜はこちら
 ↓
重巡と軽巡の境目は実はあいまい?艦娘で綴る重巡洋艦の系譜

前回、重巡をまとめたので、今回は軽巡です。

前回の重巡でも書いたのですが、初めから重巡洋艦という艦種があった訳ではなく、ロンドン条約などの軍縮条約の流れでこの様な呼称ができたわけです。

従って、重巡と軽巡では本来あまり区別がないもので、ともに巡洋艦の系譜でまとめるべきなのですが、それでは長くボリュームが多すぎるのでこの様に分けさせていただきました。

なので、重巡の系譜と合わせて見ていただくと流れが分かりやすいと思います。

さて

<軽巡洋艦の系譜・形式まとめ>


軽巡系譜m
第二次大戦参加の艦に限定させていただきました。


この様に見ていくと、軽巡洋艦は基本的に水雷戦隊の旗艦が目的の設計だと分かります。


では順次見て行きましょう!

天竜型

天竜小

それまであった日本海軍の軽巡の役割が防護巡洋艦からより攻撃的な軽巡洋艦として設計思想が移行しての最初の軽巡が天竜型になります。

水雷戦隊旗艦として駆逐艦を率いる為、機関出力をこれまでの倍に!巡洋艦として世界で初めて30ノットを超えたものになりました。装備砲は日本人の体格に合わせ、14cm砲に、魚雷兵装は53.3cmに強化され、船体の中心線上に配置されました。

本人も言っていますが、当時は「俺の装備は世界水準を軽く超えてるからなあ~」だったのです。
でもすぐに5500t型軽巡が出て越えられちゃいますけどね・・・(T_T)

そんな天竜ですが第一次ソロモン海戦では活躍しました!
この時龍田さんは欠席だったんですよね。

こちらで軽巡天竜を模型で詳しく解説
 ↓
ハセガワ製スーパーディテール軽巡天竜建造日誌

球磨型

くま

天竜型は8隻を予定されていたのですが、米英でこの天竜型を超える巡洋艦が出現し始めるとより強力なものが必要になってきました。

それが、5500t型軽巡。最初のグループが球磨型です。球磨型では索敵能力向上のために水上偵察機を搭載出来ますが、発射設備はありませんでした。

球磨、多摩だけに後年カタパルトが設置されました。

日差しは大丈夫ですかm

大井と北上さんは重雷装巡洋艦に!

この2艦は魚雷発射管てんこ盛りの重雷装巡洋艦に生まれ変わります。

この2艦は力を入れて作成した艦船プラモデルがあるのでそちらを見ていただけると嬉しいです。
 ↓
計40門の魚雷一斉発射 重雷装巡洋艦北上建造日誌

重雷装巡洋艦大井建造日誌

北上さん達は更に改装され、高速輸送艦、北上さんは更にアレを搭載する艦に嫌々?改造されます。

実際に出撃機会がなかったのがせめてもの救いです。

艦これでは甲標的搭載艦ですが、甲標的は無謀ではあっても特攻兵器ではありませんからね。ずいぶん違います。

長良型

長良m

球磨型軽巡洋艦5番艦木曽で試験的に装備した艦橋下部の水上機格納庫と艦橋前の飛行機滑走台を装備したのが長良型です。

この滑走台はその後撤去され、艦後部にカタパルトが設置されました。

防空巡洋艦五十鈴

五十鈴m

この長良型でも軽巡洋艦の中で唯一の防空巡洋艦として生まれ変わったのが五十鈴です。
(重巡洋艦摩耶も防空巡洋艦ですね。重巡と合わせてもこの2艦しかありません。)

14cm砲を撤去して12.7cm連装高角砲3基設置、その他にも25mm三連装機銃を詰め込んだ新しい発想の巡洋艦です。

阿武隈もここまでは変えていないのですが、後部の主砲を撤去して12.7cm連装高角砲を設置しています。

阿武隈は長良型の末っ子でこの中ではまだ新しい船であることもあって、開戦時の第一水雷戦隊の旗艦です。
因みに名取は第五水雷戦隊旗艦。構成員は睦月型や神風型の旧型駆逐艦で輸送が任務です。

工業生産力の高いアメリカなどは、この様に改造するより作ってしまう方が早いんでしょうけど、日本はそうはいかないですからね。本当はもっと多くの船を改装すべきだったのではと思うんですが・・・

川内型

いっけーm

軍縮条約によって、その後長年軽巡洋艦は作られなかったので(後に重巡に改造するための最上型は除く)、5500t型の最後のグループとして、作られたのが川内型です。

その為、川内、神通、那珂ちゃんは第3、第2、第4水雷戦隊旗艦として実際に戦闘に赴きました!

最後には敗れはしましたが、神通と川内夜戦での沈没!(那珂ちゃんはトラック空襲で沈没)
は水雷戦隊旗艦としての本懐を遂げたと言えるのではないでしょうか。


夕張型


みんなここで食い止めるからm

ご存知、天才平賀譲氏の設計による実験艦です。5500tの装備を3000tの船体に積み込む。そんな発想の船です。
ご存知の通り、第一次ソロモン海戦で活躍した船です。

夕張は開戦時の第六水雷戦隊旗艦。構成員は神風型、睦月型の旧式駆逐艦の名目は防衛艦隊。

こちらで詳しく述べていますので時間の余裕のある方は是非ぜひご覧ください!
結構好きな船なんですよね。
 ↓
軽巡夕張建造日誌


練習巡洋艦香取型

香取晴着m

一応この軽巡のまとめで入れましたが、流れでは違う気がするので後日またあらためて。


阿賀野型

阿賀野m

上の表を見ていただくと、川内型から阿賀野型まで大きな時間の開きがあることがお分かりだと思います。

正式名称「第四次海軍軍備充実計画」、通称マル4計画で軍備充実の為に設計された巡洋艦で、この時にはかの戦艦大和型、空母大鳳、などもこの計画の設計艦です。

従来の重巡や最上型の様な(竣工当時は)大型軽巡を甲型と呼ぶのに対して、乙型は川内型に次ぐ水雷戦隊旗艦として設計されました。戦中の1942年に出来た時には既に航空戦の時代、その最強の魚雷兵装を生かせることもなく、逆に脆弱な対空能力に苦しむことになりました。

阿賀野姉さんがだめ姉として描かれているのもこんなところが理由でしょうが、艦娘としては愛すべきキャラです。

大淀型

大淀さん晴れ着m

阿賀野型を乙型巡洋艦と呼ぶのに対し、潜水戦隊旗艦目的で設計されたのが軽巡大淀です(と未完の仁淀)。
日本帝国海軍の漸減邀撃作戦という基本戦略において、潜水艦は最初に敵艦隊をかき回す役割を持っていました。

しかし潜水艦の索敵能力は限定的!なので水上機を搭載できる潜水艦を積極的に開発した訳です。
同時に大淀にその索敵能力を期待した訳です。竣工時は紫雲6機を搭載できる軽巡として生まれた訳です。

しかし、軽巡大淀は格納庫を生かした通信設備や高い防空能力(摩耶をしのぐとも)、高速性など優れた点で1943年とすでに劣勢な中で誕生した船にも関わらず大いに活躍しました。

現在、鋭意建造中こちらに詳しく記載しています!
 ↓
スーパー軽巡大淀建造日誌




とまあ、軽巡の系譜はこの様になります。

水雷戦隊旗艦としての軽巡の終焉

川内型はともかくとして、球磨型、長良型が開戦時には旧式化し高速の輸送船任務に就くことが多くなりました。
輸送任務は非常に重要な任務でしたが、本来の目的を達せなかったのは少し残念ですね。

そして、次第に時代は航空戦の時代になり、水雷戦隊自体が意味を失い始めます。
その輸送任務も制空権のない中での夜間輸送、得意の夜戦も善戦はしたものの、米軍のレーダーの射撃の前に次第に優位さを失っていきました。


このシリーズを書くときに時間がかかるのは覚悟していますが、長文お付き合いいただきありがとうございました!
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