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GAKUTEN

Author:GAKUTEN
●艦これをきっかけに艦船プラモデルに戻ってきたいわゆる出戻り提督モデラーです。
 ・・プラモを始めたのは15年の年末ごろ。艦これは2か月程先行。
 ・・しかし、以前はウオーターラインシリーズを集めきっていたくらい艦船好き。
 ・・当時は戦車、飛行機、ガンプラと幅広く手掛けていたらしい記憶がわずかに。
●船だけが今復活したのは、その後も船はなぜか好きだったから。フォローはしていた。
 ・・現用艦もいけますが、太平洋戦争の船が特に好き!
●プラモデルの他に動物(主に猫)、読書、テニスが好きです。
●プラモデルの作成方針は、それぞれの船の特徴をピックアップし、自分なりのこだわりを持ちながらもスピードを意識した組み立てです。
●基本、週末の建造ですが忙しい時期には遅れがちなことも・・・
●提督モデラーの方々や最近始めた方の参考に少しでもなれば幸いです。
●艦船に歴史あり、感動的な話もあります。歴史的な話も含めて主観に基づいて書いていきます。
●コメント大歓迎。気軽にお願いします。

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2017/06/25 (Sun) 12:20
戦艦大和の最期

戦艦大和の最期



第一次世界大戦における世界最大の海戦であるジュトランド沖海戦の主役は戦艦でした。
しかし、たった25年後の太平洋戦争ではその主役が変わることになったのです。

戦艦大和海上疾走風

<あくまでも艦船プラモデルブログなので>

フジミ製 艦NEXT戦艦大和建造日誌はこちら
 ↓
戦艦大和建造日誌


太平洋戦争の開始した真珠湾攻撃の月、1941年12月16日に大和は就役しました。

ほんの一週間前の12月8日に日本海軍が真珠湾攻撃で航空機の有効性を証明して見せ、図らずしも戦艦時代の終焉、航空機時代の幕開け(当時の日米海軍に明確な自覚はなかったにしろ)になってしまったことは、戦艦大和によって皮肉としか言いようがない気がします。


<戦艦大和>


大和型戦艦3番艦の予定だった空母信濃の名前や信濃を除けば最大の空母だった空母赤城などの名前を知らない人でも戦艦大和の名前を知っている方は多いでしょう。

基準排水量 64000トン
全長      263m
全幅      38.9m
出力      15万hp
速力      27ノット
主砲45口径46cm三連装砲塔×3基、副砲60口径15.5cm三連装砲塔×2基

おそらく、艦船模型ファンの多くは戦艦大和を作ったことがあるか、作ってみたいなんて思うのではないかと思います。

実際、私が初めて戦艦大和を作ったのは、子供の頃、田舎の祖母の家に行ったときにたぶん暇そうにしてたのでしょうか?
お祭りの縁日で親戚のおじさんが戦艦大和のプラモデルを買ってくれたのが出会いでした。

この時が、私の艦船プラモデルの初めてになります。
タミヤだったのとフルハルだったのは覚えています。
何しろ、親戚のおじさんも素人同然で、一緒に買ってくれた接着剤がアロンαですよ。

おかげで作るのは相当苦労しました。(たぶんベタベタになっていたと思います)

しかし、それからだと思います。
艦船プラモデルが好きになったのは!
(しかし、中学・高校とウォーターラインシリーズは軒並み揃えましたが、高校生のいつの頃からか忘れさっていたんですね。艦これに影響されて再開する最近まで)


そして、戦艦大和を作った方は手持ちの艦船模型でこの様な比較をしてみたりしてますよね!


大和大きさ比較g

一緒に並べた船は私の趣味です。
全て建造日誌があるので時間と興味のある方はぜひご覧ください。

竣工時の戦艦長門の基準排水量の約2倍、全長は戦艦長門が約216mなので、約50mの差です。

意外と私は二式大艇の大きさにビックリしたのですが、どうでしょうか?
(全長28m、全幅38m)



閑話休題



世界最大の45口径46cm砲を持つ戦艦大和は、最後はその主砲を一発も打つことなく鹿児島 坊ノ岬沖に沈みました。

アメリカの空母11隻、実際に攻撃に参加した米軍機機数309機で、まさに飽和攻撃と言って良いでしょう。

被弾数はアメリカと日本で大きく数字が異なっています。

日本側の記録だと魚雷11本前後、爆弾3-5発、アメリカ側の記録だと魚雷33本から35本、爆弾38発命中。

大和の被雷箇所
※<大日本絵画 世界の銘艦ヒストリア>2017年6月19日発行より出展


攻撃側の数字が多いのはどこの国でも一緒です。
実際はこの間といったとこかも知れません。

そして、大艦巨砲主義の時代の終焉を象徴するように沈んでいきました。

以前は広島に住んでおり、たびたび大和のドッグの横を家族と車で走っていたこともあって、戦艦大和には大きな愛着があったのですが、当時私が持っていた本(古すぎて忘れましたが)には魚雷7本、爆弾13発が命中して沈んだと書いていた様に記憶しています(記憶間違いの可能性が十分ありますけど)。

戦艦武蔵に比べても如何にもあっさりした最後だし、何より米飛行機を撃墜した機数はわずか5機!

ハリネズミの様に武装して、たったこれだけ!

なんて、こどものころは正直失望してしまいました。

そういった思いが歴史ifなんかを想像させていたりしたんですけど。

もし、大和が出撃していたら活躍したかもを考えてみました!

(Ⅰ)第三次ソロモン海戦出撃編
 ↓
戦艦大和!第三次ソロモン海戦に出撃す!

(Ⅱ)沖縄特攻米艦隊との決戦
 ↓
ジオラマ風写真で再現する戦艦大和の決戦!

しかし、沖縄特攻は状況からすると戦艦大和にとっては最悪の状況でした。
上の(Ⅱ)でも書いていますが、囮の様に使われ、敵航空機が跋扈するなか、白昼堂々の進軍!

さらに天気も最悪で曇天で低い雲が垂れ込める中、急降下爆撃機にも雷撃機にも好都合でした。
なので、大和は主砲を打たずに攻撃を受けることになります。

しかし、近年、評価の低かった日本の対空射撃にも多少の改善があったようです。

米軍の攻撃参加機309機、撃墜数5機、事故で墜落1機、被弾数52機(うち5機は海上投棄、1機着水)。
被弾率約19%で5機のうち1機が被弾したことになります。

って言っても米軍機のその丈夫さ、優秀さを再確認するだけなんですけどネ!

もちろん、戦後の造船技術の発展に大いに貢献したとか、世界に誇る巨艦を1854年に開国してからわずか87年後に作るところまでこぎ着けたということは素晴らしいことです。

当時の国内総生産の4%(記憶違いならすいません)も使用して作り上げた大いなる無駄だったかも知れませんが、当時は軍事機密だったこともあり、むしろ現代の方が愛されている船ではないかと思います。

だから、呉の大和ミュージアムも来館者数があっと言うまに増えたんでしょうね。
大和ミュージアムの詳細レポート
 ↓
大和ミュージアムをぐるっと紹介!

今年は、2016年5月の潜水調査の記録や結果も特別展で展示しているはずです。
(お盆に実家に帰った時には立ち寄る予定です)


私もやっぱり、戦艦大和が好きなんですよね!

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2017/01/11 (Wed) 12:00
大井っち完成!重雷装艦 大井改建造日誌 4日目

<艦これプラモデルNo31 重雷装巡洋艦 大井改 建造日誌4日目>


前回までで、塗装もほぼ終わり、上部構造物もかなり艤装が終わりました。

前回まではこちら
 ↓
重雷装艦大井改建造日誌

ボートと魚雷発射管、砲塔を付けるとほぼ完成!

前後のマスト下部には、はしごをつけています。手軽ですが、結構らしさが付きます。

後部エッチング

後部マスト先端、ボートダビットは、ピットロードの大井/北上用エッチングパーツです。
ボートダビットのプラパーツの差し込み穴が開いているのですが、プラパーツでなく、エッチングパーツを付けるのなら塗装前に塞いでおくべきでした。

無理やり埋めたりしたのでエッチングパーツの付きが甘くなったりしてます。

大体完成

大体完成しました!前から見るとおまけみたいな単装砲です!
しかし、ずらーっと並んだ4連装発射管!素晴らしい!壮観だったと思います!


単装砲って

「大井っち!単装砲ってなにげに詫び寂びよねー」
あなた方のは特にそうです・・・

そんなこんなでほぼ完成!ここから、空中線や楊旗索を付けて行きます。
最近いつも行っている様に、楊旗索は伸ばしランナーで。空中線は0.06mmの鮎釣り用金属の釣り糸(鮎ゲッター)を用いています


空中線など張終わり

旗は、後部マストのクロスツリーっていうんですかね。出っ張ったところに、伸ばしランナーでガフを付けて、そこから旗を垂らしています。

さて、エッチングネームプレートはそのまま、切らずに置いとこうと思っていたのですが、取っててもしょうがないので組み立てました。

エッチングネープレ大井

エッチングネームプレートと一緒に飾るとこうです。

ウイズネープレ大井

ディスプレイシートの上に乗せるとこんな感じです。

ウイズディスプレイシート大井

両方のせて飾ると・・・

大井しっくりくるような
クリックすると全体が見えます。

うーん。イマイチしっくりくるのか?こないのか?
もう一度、全国模型ホビーショーでの展示を見て見ましょう。

一応全国模型ホビーショーでの展示はこちらの報告を
 ↓
全国模型ホビーショー2016レポート

なるほどね。海上プレートの前にディスプレイシートを設置ですね。

いやー、懐かしいですねー。今年の9月が待ち遠しいな~。


次回、大井っちの海上での撮影をして見ましょう。

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2017/01/03 (Tue) 12:00
「軽巡洋艦 天竜1942」 世界水準(だった)軽巡、ついに完成!何!古いって!?バカなっ!

<ハセガワ製 1/700 軽巡洋艦 天竜 スーパーディテール 建造日誌5日目 ついに完成です!>

前回までにどこまで行ったんだっけな?

塗装まででした。

軽巡洋艦天竜建造日誌
 ↓
軽巡天竜建造日誌

完成は何とか年内にたどり着いたのですが、まあ、この一年の振り返り、いわゆる総集編みたいなことを四日連続ぐらいで書いたので軽巡天竜の完成報告は年越しになりました。

私個人としては、この一連の振り返りは作成した艦船プラモデルを中心にしたのですが、実際には作ったものそのものよりも
本やネットで調べた艦船プラモデルの基本的な作り方や道具のこと、エッチングパーツとは?そもそも各社の特徴は?など多くを学んだ一年であり、本当はその辺ももう一度まとめたいなあ~なんて思ったりしています。

気が向いたらですけど。

ほぼ0から始めた初心者からの出発なだけに、ベテランでは当たり前のことが分からなかったりした訳でその辺りは、これから始める初心者の方にも参考になるはずだと思います。

16年度の総括というか、まとめはこちら
 ↓
RE:ほぼ0から始めた艦船プラモデル生活


人生のことや、仕事のこと、本当はこちらの方を振り返って見るべきなのに、決して上手くいっている訳でもないのに、そちらはほっぽいて趣味のことは振り返っている辺り、いいんでしょうか?こんなことで。と年も始まったばかりに考えたりしています。

<閑話休題>
それはさておき、作例を交えながら、本題に戻るとしましょう。

軽巡洋艦 天竜 1942年7月 (対空兵装増備後)

軽巡天竜は1919年11月20日に竣工しました。
大戦に参加した軽巡では最古参になります。

御覧の様に14cm単装砲を4門、六年式53cm三連装魚雷発射管2基6文を装備していました。

天竜左舷

当時としては、世界で初めて30ノットを超えた巡洋艦として世界最高水準だった訳です。

天竜右舷前アップ
「オレの装備が気になるか?世界水準軽く超えてるからなぁ~!…何?古いって!?…バカなっ」

艦橋の前についているホーサーリール初めて、エッチングパーツのものを使いました。いつもは艦船装備セットのプラパーツを使うことが多かったのですが、今回は面倒がらずにエッチングパーツのリールに中はエナメル線を焼いたものを0.8mmのピンバイスドリルに巻き付けたものできちんと作りました。
結構いいかも知れません。

面白い点と言えば、当初の天竜型には魚雷発射管自体を左舷と右舷に移動させる移動軌条がありました。
これは、当時の魚雷発射管の発射能力が弱かったので中央から発射した時に、艦の舷側にぶつかる可能性があったからです。
(それでも世界水準・・・)

天竜右後斜俯瞰

この移動は手動で使い勝手も悪かったので、夕張なんかは高めに発射管を持っていくことでぶつからない様にしていました。
天竜型ものちにこの移動軌条は取っ払っています。

第一煙突前と第三煙突後ろに25mm連装機銃を各2基、合計4基設置しているのが1942年の増備後の特徴です。

天竜左後方遠

今まで何度か書いたことがありますが、軽巡天竜は、僚艦 軽巡夕張とともに第一次ソロモン海戦で大活躍しています。
第8艦隊旗艦は重巡鳥海と一緒に。


重巡鳥海建造日誌はこちら
 ↓
重巡鳥海建造日誌

軽巡夕張建造日誌はこちら
 ↓
軽巡夕張建造日誌

天竜と第八艦隊旗艦

このシーンは「劇場版 艦これ」でも再現されてましたねえ。
抜刀してましたよ。確かに。
映画ではちゃんと抜刀シーンが映っていましたが、PVでは扱いが小さくて不鮮明ですな。
(拡大しても加古改二と区別がつきゃしない)

劇場版PV天竜抜刀
「天龍様の攻撃だ!うっしゃぁっ!」

天竜左舷後ろ

その後は第三次ソロモン海戦第二夜戦等に参加しますが、1942年12月28日に第十八戦隊旗艦として、マダン島上陸作戦に参加していた際に、米潜水艦アルバコアの発射した魚雷により沈没しました・・・。

最後にハセガワ 1/700 「日本海軍 軽巡洋艦 天竜 ”スーパーディテール”」は作りやすく、且つ細部にもこだわったとてもいいキットでした。

恐らく、エッチングパーツセットを抜いたものが、ウォーターラインシリーズになっているのだと思います。
ウォーターラインシリーズだと難易度をどの程度に設定するかが難しいですが、これはシリーズ中の軽巡の中で確実に難易度が高い部類に入りますね。
しかし、戦艦や重巡洋艦ならともかく、
軽巡洋艦なら一つ一つ進めて行けば確実に満足の行く仕上がりになるかと思います。

軽巡洋艦でもこの様な、ディテールに凝ったものをもっと出していただけると嬉しいですね。


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2016/12/25 (Sun) 12:00
軽巡夕張!第八艦隊旗艦 重巡鳥海と共に抜描!

<1/700 タミヤ 軽巡 夕張!第八艦隊旗艦 重巡鳥海と共に抜描!>

前回までに軽巡夕張はほぼ完成したのですが、一部修正の上撮り直しました。。


今までの軽巡夕張建造記録はこちらをクリックして下さい。
 ↓
軽巡夕張建造日誌

夕張左舷

煙突はタミヤのキットをそのまま使っているので、側面から見ると特に煙突周辺のシンプルな部分は出てしまいますが、全体としては、それなりに出来ているのではないでしょうか。(単なる自画自賛です(#^.^#))

私の多用している伸ばしランナーで煙突周辺の情報量をもう少し増やすということも出来たのですが。
毎回、作っている途中で次の艦を作りたくなってきて、後半焦り気味になるのがいかんとこです。(´・_・`)

趣味の艦船プラモデル作成なので、それなりの造りで満足している自分ですが、後でこうしとけば良かったかなと思う部分が残るようだとまだまだ未熟者です。

昨年の12月から艦船プラモデルを再開して約1年経ちました。

数えてみたら、この軽巡夕張で19隻目でした。
駆逐艦を始め、小型艦艇が多いのですが、結構作りましたね。

経験値は少しずつ上がってきていると思いますが、軽巡天竜を作っていて、小さいパーツを飛ばして探すということを今もよくやってる辺りは進歩がないというか、しかも失くした挙句、伸ばしランナーとかで代用を作って更に時間をロスしている辺りは何というか・・・(。-_-。)。とほほ・・・

初見で製作方針が、きっちり決まる様になるともっと作るスピードも上がるんですけどね。

気を取り直して次に行きましょう!

軽巡夕張右舷前方

このアングル、ありきたりですが、結構好きです。
結局、25mm単装機銃は、前部砲塔前の甲板、艦橋前の機銃台、煙突前方(ここが前回からの追加)、後部砲塔横で計8基を設置しました。

夕張左舷前斜め俯瞰

少し上方から斜め俯瞰で見ると、伸ばしランナーで作ったリノリウム抑えが効いているのが分かります。

冒頭で記述した煙突周辺ですが、もう少し墨入れを強く入れるだけでも印象が変わる気がします。
天竜で墨入れを入れる時に一緒にします。

夕張左舷後方斜め俯瞰

軽巡洋艦夕張の作成に結局3週間(土日換算で6日程度)かかりました。

素組みだと、1~2日程度で出来そうですが、ここはどうなのかななんて考える時間が多くて、まあ、年末の忙しさで土日もあまり十分な時間が取れなかったのも大きいのですが。

夕張だけにかかった費用と言うのも特にありません。

そう言えば、魚雷格納庫を設置するのに、新WWⅡ日本海軍艦船装備セット(4)を買ってますね。
これは他の目的も兼ねてます。
他は、結構伸ばしランナーや余りパーツで代用しています。

時間や費用に余裕がないという方の参考になればです。


キットは1944年を再現している訳ですが、関係なく第一次ソロモン海戦の面子ということで、重巡鳥海とコラボしました!

軽巡夕張と重巡鳥海

この下の写真、見た時にひとりで「カッケー」とプチ感動していました。
ちょっと遠くめから撮ると陰影が出てかっこいいですね。

軽巡夕張朝日を浴びて

重巡鳥海を前面に出すとこんな感じです。


重巡鳥海と軽巡夕張

こんな感じで、並べて遊べるのもプラモデルのいいところですね。

しかし、細かく作ると、船体を移動させる時に、触るところが余りなくて、下手に触るとどこかが外れたりと大変なんです。
夕張ぐらいに適度にシンプルに作ると持ち回り時に丈夫だったりします。

重巡鳥海はお気に入りです。

高雄型は現代のイージス艦にも通じる艦橋のシルエットと武装のバランスが良くて、尚且つ水雷戦隊の旗艦も張れる機動性も兼ね備えている辺りが良いですね。

フジミ 重巡鳥海建造日誌はこちら
 ↓
重巡鳥海建造日誌

又、別のも作りたいです。

まだ、第八艦隊の面子も2名ですが、今作っている軽巡天竜が加われば、3名になります。
その時、また第八艦隊のメンバーで記念写真と行きます!

艦これの影響で、かっては軍艦と言えば、戦艦大和ぐらいしか認知がなかったのが、最近は軽巡や駆逐艦、瑞穂や秋津洲の様な水上機母艦、ひいては速吸や間宮といった補助艦艇までその名前を知られるようになって来ました。

でも、まだまだ艦船プラモデルってマイナーなんですよね。
ガンプラ経験者の1/10、1/20もいっていないと思います。

ブログを書いていて、ホントに微力ながらも、もっとすそ野を広がられれば良いなあと思っています。

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2016/12/20 (Tue) 12:00
夕張ちゃん、問題にゃい。軽巡夕張 建造日誌6日目 ほぼ完成! 

夕張ちゃん、問題にゃい。軽巡夕張 建造日誌6日目 ほぼ完成! 

今日、電車に乗っていたら、「東京の人って厚着だよね」と言う会話が聞こえて来ました。
多分、北国の方ですね。

別に私の事を言われた訳ではないのですが、「やっぱそうなんだろうな~」って思いました。
まだまだ寒い日が続きますが、皆様もお体には気を付けて下さい。

さて、前回までに夕張は、ほぼ完成まで近づきました。

前回までの建造日誌はこちら
 ↓
軽巡夕張建造日誌

残りはあとわずかです!

単装機銃を設置して行きました。
これもフジミ 空母飛鷹の余りパーツです。
今回の夕張には、細身でシャープな形状があっているように思います。

夕張は最終時に25㎜単装機銃を増設されていました。

夕張機銃設置

単装機銃の設置場所も見る資料によって違いますが、8基設置されていた様です。

前部艦橋前の機銃台の上に2基と後部砲塔横の甲板上両サイドの設置はあっていると思いますが、後の4基は前部砲塔横の甲板上と煙突の前部横辺りか。

恐らく場所が分かる詳細な資料は無いんでしょうなぁ。
軽巡洋艦夕張に限らず、単裝機銃の正確な場所が分からない事は多いです。

この写真を撮った時には煙突横に設置しておらず、6基の設置のみです。
次回までに2基増設します。

夕張ちゃん問題にゃい
「これでいいのかなあ~。」(夕張) 「夕張ちゃん、問題にゃい」(たま=多摩)

第二砲塔の前と第三砲塔の後ろにせりだしてい箇所、特徴的だと思うのですが、これは俯角制限装置且つ爆風を防ぐ為に有るようです。

前部マストの楊旗索と後部マストの楊旗索を設置します。

夕張揚旗索設置

そして空中線を張れば(ほぼ)完成です!

夕張張線後方

斜め前方から見るとこんな感じです。

夕張完成右前
こう見ると、夕張って現代風の装いで格好良いですよね。
但し、艦橋上の見張台がレトロっぽさを醸し出しているので、これが無ければですが。

横から見るとこうです。

夕張左舷完成

タミヤさんの古参キットが結構しっかりしたものになりました。
このキットの様に自由度が高いものは、工作をしているようで楽しいものです。

いつもそうですが、自分的には満足のできです!

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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